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講堂
▽誤った認識(1):「TRPGは何でもでき」ない
2014.11.9
 CRPGはあらかじめ決められたプログラムに沿ってしか進行できません。しょせんレールの上を進んでるだけです。「自分はそんな事したくないのに!」と思っているのに主人公が勝手にプレイヤーの意に沿わずに話を進めてしまう、なんて状況にイラッとした事はありませんか?TRPGはそんな不満を解消します!なにしろTRPGは何でもできるのです!なんてすばらしいんでしょう!みんなTRPGを遊びましょう!

 と、いうTRPGの売り文句を昔よく聞いた。今も同じ事を言ってるのかは知らんけど、進歩という概念とは無縁なお方々だからどうせ今もそんな陳腐で間違った売り文句を使い続けてるんだろう。

 例として「酒場に行ったら乱闘に巻き込まれてケガをした」という状況を想定してみる。
 「TRPGでは問題なくできる、CRPGではそういうプログラムがされていなければ乱闘は発生し得ない、だからTRPGはCRPGにできない事ができる」というのが彼らの言い分だが、これは間違っており、CRPGでも問題なく「酒場で乱闘」という状況を発生させる事はできる。
 どうやるかって?簡単さ。「発生した事にすれ」ばいい。画面上で実際に乱闘が起こらなくても、脳内で「描写はされなかったけどさっき乱闘が起きて巻き込まれたんだ」と思っておけばいい。なんなら次の戦闘で1ターン目に自分に攻撃してHPを減らしておけばリアルさが増す。

 馬鹿らしいと思うか?
 TRPGも同じぐらい馬鹿らしいと知ろう。

 CRPGで「プログラムされていない出来事は発生し得ない」のであれば、TRPGでもルールブックに「酒場に入ったらサイコロを振り、1が出たら乱闘が発生してHPが1D減る」なんていう文が明記されていなければ乱闘は発生し得ない。発生してはいけない。発生したらそれはゲームではない。
 「ゲームとままごととの境目は?」って聞かれたら「ルールの有無」って答えるでしょ。ならルールに無い事を実行できたらそれはままごとと何の違いがあるというのか。

 これに対して彼らは「『ルールを創作・無視してもいいというルール』があるんだ」と言い張るが、そんなものはルールではありえない。
 そんなものをルールと呼んでいいのであれば、俺は誰もが100%楽しめる夢のようなゲームを3秒で作り出す事ができる。ルールは以下の一文だ。「プレイヤーは楽しまなければならない」。
 ゲームとは限られたワクの中でいかに強くなるかを探すのが楽しいのであって、ワクの変形をする権限をプレイヤーに与えるのは製作者の責任逃れに他ならない。プレイヤーも「どうせいつでもワクを変形できるし」と白ける。
 これに対しては昔から「ルールよりマナー」という標語があるようにユーザーの良心に丸投げする習慣があるが、マナーというのはルールに開いた小さな穴を仕方なくふさぐためにあるのであって、ぽっかり空いた大穴にマナーでフタをするのは根本的にゲームというものを勘違いしている。ゲームとままごととの境目は?
 自由と無法を混同してはいけない。「ルールを作るルール」が許されるのであれば、最高のRPGはRPGツクールだという事になる。そもそもTRPGがルールを無視していいのなら、なぜCRPGでも「プログラムされていない出来事は発生しない」というルールを無視しようという発想が出ないのか。

 TRPGは何でもできるというのは嘘だ。そりゃあ「できる可能性」ならゼロではないかもしれないが、実際にできた事など世界中で今までに一度も無い。
 「TRPGは何でもできる」「TRPGはゲームである」この2つは残念ながら矛盾する。少なくとも現在の技術では。確実にどちらかは捨てなければならない。なぜか彼らは両方捨ててしまったようだが…。

 
象牙の塔
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